医事おじさん 株式会社 医事日報 BACK HOME

あゆみ               刊行物一覧

明治・大正

明治22年(1889年)
「薬石新報」旬刊紙として創刊する。(主幹 安東忠次郎)
明治23年(1890年)
「薬業家之座右」出版
明治24年(1891年)
「改正日本薬局方」出版
明治25年3月22日
第三種郵便物認可
明治29年5月3日−5日
「関西新聞雑誌同盟懇親会」参加
薬石新報
薬石新報 薬石新報 薬石新報
薬石新報 薬石新報 薬石新報 薬石新報

(余談)森下南陽堂(森下仁丹)が最初に売り出したのはにおい袋「金鵄麝香(きんしじゃこう)」である。明治29年4月25日付「薬石新報」に全面広告を出した。これが記念すべき森下南陽堂の広告第一号だった。

薬石新報
香袋「金鵄麝香」
明治29年4月25日
薬石新報
明治30年(1897年)
大阪衛生試験 株式会社の図を主幹 安東忠次郎作成する。
明治36年(1903年)
「大阪全図:第5回国内勧業博覧必携」出版。
明治38年6月
「臨床薬石新報」1巻1号出版。
明治39年(初版)−大正3年(第六版)「薬事法規全集」
大正5年(1913年)
「薬石新報」はもとのまま旬刊として、医事薬学関係者を対象とする日刊「薬石日報」(主幹 安東忠次郎)を創刊する。(第三種郵便物認可 大正5年1月21日)
薬石日報 薬石日報
主な出版物 明治−大正
薬石新報 薬石新報 薬石新報 薬石新報 ?
薬石新報 薬石新報 薬石新報
大正11年(1922年)4月8日「薬石日報」1712号
薬石日報 薬石日報 ?
 

昭和

昭和3年(1928年)12月 「輸入漢薬」発刊
輸入漢薬 輸入漢薬 輸入漢薬 ?
昭和3年(1928年) 「ホルモン製剤学」出版
ホルモン製剤学 ホルモン製剤学 ホルモン製剤学 ホルモン製剤学
? 薬事日報
昭和5年(1930年) 「麻薬取締規則の解釈」出版
昭和6年(1931年) 「血液型」発刊
血液型 血液型
昭和6年(1931年)6月10日 「薬石日報」創刊15周年記念特別号
薬石日報 薬石日報 薬石日報 ?
薬石日報 薬石日報 薬石日報 ?
「薬石日報」創刊15周年記念紙
祝賀色紙恵贈御芳名。
内閣総理大臣若槻禮次郎氏
政友会総裁犬養毅氏
鉄道大臣江木翼氏
陸軍大臣南次郎氏
逓信大臣小泉又次郎氏
拓務大臣原脩次郎氏
拓務政務次官紫安新九郎氏
政友会顧問大口喜六氏(昭和2年大蔵政務次官)
政友会総務秋田清氏(1932年衆議院議長、1939年厚生大臣、1940年拓務大臣)
外務参与官(勅任官)田中武雄氏(1945年運輸大臣)
拓務参与官(勅任官)杉浦武雄氏
薬学博士慶松勝左衛門氏(薬学者・政治家、日本薬剤師協会会長、東京帝国大学薬学科教授)
昭和6年(1931年) 新聞
新聞 新聞 新聞 新聞

昭和8年(1933年) 薬業年鑑(1版)

昭和10年(1935年) 薬業年鑑(2版)

薬業年鑑
昭和12年(1937年) 工業薬品要綱1版
昭和15年(1940年) 工業薬品要綱2版
昭和17年(1942年) 「薬石日報」新聞統制(新聞総合)により休刊となる。
昭和20年(1945年)7月 財団法人 薬石日報社によって復刊(週2回発行)
薬石日報 ? 薬石日報 ?
昭和26年2月 サンエンドサンス貿易(株)が一時的に「薬石日報」出版部として発行。
昭和27年1月 大阪病院会雑誌と合併し社名を薬石日報社として週1回発行する。
薬石日報 ?

昭和30年8月 薬石日報社元社長 宮尾徳雄を社長に編集主幹に永井潜(ひそむ)東大名誉教授を迎え、薬石日報発行号数〔第7599号〕を継承し復刊。株式会社薬石日報社設立。本社 大阪市東区淡路町。東京支局 東京都中央区日本橋本町。名古屋支局 名古屋市中区伊勢町。隔日刊として9月28日第三種郵便物の認可を受ける。

薬石日報 ? 永井 ?
復刊
復刊
復刊
復刊
復刊
医事日報 武見 天皇 天皇
日本医学界総会
昭和32年(1957年) 12月「薬石日報」を「医事日報」(第7680号)に改称するとともに、社名を株式会社医事日報社に変更。代表取締役 松尾進(医専)
昭和33年(1958年) 2月心電計の普及に伴い、「心電図の取り方から読み方まで」を発刊、数年にわたり全国各地に於いて講習会を開催。
ああ
昭和34年(1959年) 4月日本医学会の協賛を得て、総会速報を発行。以後現在まで4年ごとに開催される総会の速報を発行。
昭和35年(1960年)  4月MAC総合カタログ(医科器械図録)を発行。以後、
毎年1回3月に発行。
9月 定期刊行物MAC(医科機器専門雑誌)を月刊として発行。
12月 国の政策医療金融機関である医療金融公庫の新発足に伴い同公庫の監修を得て「医療金融公庫の手引き」を発行。
昭和36年(1961年) 5月 日本医師会および全国都道府県の医師会の協力を得て「日本医師名鑑」を発刊。
MAC
うう
昭和37年(1962年) 4月 日本電子機械工業会業務委員会および同技術委員会の協力を得て「ME機器総覧」を発刊。
9月 「近畿病院医院電話便覧」を発刊。
MAC
昭和38年(1963年)8月 日本看護協会の協力を得て「看護機器総覧」を発刊。
12月「近畿病院名簿」を発刊。以後全国を6地区に分け、各毎年または隔年に発刊。「医事日報」週刊に発行形態変更。(B4判12〜32貢)。
昭和39年(1964年) 4月 日本病院薬剤師会の指導を得て「病院薬局機器総覧」を発刊。
医事日報
ええ
昭和43年(1968年) 12月 治験誌月刊「薬物療法」を発刊。
昭和46年(1971年) 12月 桜を観る会代表取締役招待。
昭和47年(1972年) 12月 医学専門書「治療の実際」を発刊
治療の実際 薬物療法 薬物療法
昭和51年(1976年) 5月 園遊会、代表取締役招待。
昭和52年(1977年) 5月 「腹部臓器の血管造影診断」を 発刊。「医事日報」旬刊に発行形態変更。 (B4判8〜16貢季刊48貢建)
昭和53年(1978年) 7月 財団法人腎研究会の雑誌「腎臓」の発刊に参画。編集代行として業務全般を引き受ける。
昭和54年(1979年) 7月医学産業研究会を創設。(メディカルマネージメント・メディカルインフラストラクチャーに関する調査・研究)
昭和55年(1980年) 3月 本社を東京都中央区に移転し、大阪を支局とした。
昭和56年(1981年) 代表取締役協会功績賞受賞。(社団法人日本専門新聞協会)
昭和57年(1982年) 代表取締役協会功労賞受賞。(社団法人日本専門新聞協会)
昭和59年(1984年) 代表取締役(松尾進)藍綬褒章受賞。
昭和60年(1985年) 総理主催芸術・文化人との懇親の集い代表取締役招待。
松尾
 

平成

平成元年(1989年) 2月創業100年を機に、また医事日報・ジャパン・メディカル・プレスの商標登録に伴い、株式会社医事日報に組織変更し、本社を中央区より文京区本郷に移転する。
北海道・東北、東京都、近畿、九州・沖縄の診療所情報を集録し、CD並びに書物とする。
全国介護老人保健施設を集録し、CD並びに書物とする。
平成6年(1994年) 単行本「2025年地球横転す」「強運の秘密」他、学術書「統合医療」他を発刊。
平成10年(1998年) 1月本社を文京区小石川に移転。
平成15年(2003年) 中国黒龍江省大慶市より代表取締役経済顧問に招聘される。
平成16年(2004年) 沖縄県具志川市(現うるま市)「サンライズぐしかわ構想における中国中西医結合薬学会との連携に関する」基本調査報告書作成。
平成16年度電源地域振興指導事業「ランドファーム事業の実施可能性調査」検討委員会委員。
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平成17年(2005年)8月18日 世界自然医学組織(UN関連)上海支部より、主席研究法人として任命される。世界自然医学集団の一部業務を引き受ける。
平成21年(2009年) 1月 本社を文京区白山に移転。
 9月全国病院情報iPhoneアプリケーションを販売開始。
平成29年(2017年) 1月 本社を文京区音羽に移転。
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平成30年2月 現在 新聞『医事日報』発行通計 第10268号
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